東京は息がしにくい。数値としても、数値にあらわれない部分でも、酸素が足りないのだ。
地元に帰り着くときちんと空気が私の身体を満たす。

大学がはじまった。昔から思っていたけれど、何故生徒は教師の言葉に反応を示さないのだろう。講義だって、言葉を使ったコミュニケーションなのだから、くすくす笑ったり、目を見開いたりできるはずなのに。だれも教授の顔をみない。
そう、だれも目を合わせないのだ。東京を歩いていると数え切れない人とすれ違う。だけどだれも前から歩いている人の顔を見ないし、見る気もない。こんなにも人が多いのにこんなにも人との関係が希薄になるのは、哀しいことだけれど、ひどく合理的なことだとも思う。
だけど今日は少し特別なことがあった。一ヶ月以上前に訪れたお店に、まったく違う人を連れてまったく違う曜日に訪れたのに、帰り際に、「以前来ていただいた方ですよね」と声をかけられた。ごみごみやたらに人の多い渋谷で、いかにもちょっと背伸びした大学生が好みそうなお店 。今日も月曜だというのに若いカップルが友人同士で溢れていた。ゆったりしたソファと木の机、メニューには気の利いたディップの盛り合わせやお酒に合うアミューズはもちろん、きちんと食事も取れる。おまけにデザートにもこだわっている。(スフレがお勧めらしいが私はショコラのテリーヌが好き。)
なんで私のことなんか覚えてたんだろう。「誰か」ではなく、個の私として認識してもらえるのはとても嬉しいことだ。たった一言声をかけてもらっただけだけれど、私はきっとまたそのお店に行くだろう。

履修を決めるときはあんなに胸が高鳴っていたくせに、いざ講義を聞くとそんなに面白いものではない。
こうして退屈な毎日が始まるのだ。